自然数の定義
いよいよ公理的集合論の中で自然数という概念を再定式化します。公理的集合論では全ての数学的な対象をクラスの言葉で記述するので、当然、各自然数もクラスとして定義することになります。
定義1(1桁の自然数の定義) | ||||
\( 0 := \emptyset \) | \( 1 := 0 \cup \{ 0 \} \) | \( 2 := 1 \cup \{ 1 \} \) | \( 3 := 2 \cup \{ 2 \} \) | \( 4 := 3 \cup \{ 3 \} \) |
\( 5 := 4 \cup \{ 4 \} \) | \( 6 := 5 \cup \{ 5 \} \) | \( 7 := 6 \cup \{ 6 \} \) | \( 8 := 7 \cup \{ 7 \} \) | \( 9 := 8 \cup \{ 8 \} \) |
空集合の存在公理から\( 0{} \)は集合であり、また任意の集合\( S \)に対して\( S \cup \{ S \} \)が集合をなすことから、上で定義した\( 0{} \)から\( 9 \)までの記号は全て集合を表します。
この定義の良いところの1つは、\( 0{} \)の要素が0個、\( 1 \)の要素が1個、\( 2 \)の要素が2個、\( 3 \)の要素が3個、のように元の「個数」がその自然数の記号と一致していることです。ただし元の個数という概念はこの時点では公理的集合論の中に定義されていないので、少し注意が必要です。公理的集合論の中でも元の個数に類する概念は定義できますが、それには「写像」という概念が必要になります。そのため、集合の元の個数がどのように定式化されるかを説明するのは写像を導入した後に回すことにします*1。
また、この定義の良いところのもう1つは、自然数の間に包含関係があることです。定義に従って計算していくと\( 0 = \emptyset \)、\( 1 = \{ 0 \} \)、\( 2 = \{ 0,1 \} \)、\( 3 = \{ 0,1,2 \} \)、\( 4 = \{ 0,1,2,3 \} \)、\( 5 = \{ 0,1,2,3,4 \} \)、\( 6 = \{ 0,1,2,3,4,5 \} \)、\( 7 = \{ 0,1,2,3,4,5,6 \} \)、\( 8 = \{ 0,1,2,3,4,5,6,7 \} \)、\( 9 = \{ 0,1,2,3,4,5,6,7,8 \} \)、となるので、
となり、かつ\( n \subsetneq m \)を満たす\( \{ 0,1,2,3,4,5,6,7,8,9 \} \)の任意の2つの元\( n \)と\( m \)が\( n \in m \)も満たします。特に、
となります。
さて、\( 0{} \)から\( 9 \)までの記号を導入しましたが、もちろん\( 10 \)や\( 11 \)や\( 12 \)も同様に定義していくことが出来ます。しかしこの方法では、全ての「自然数」を定義し終えることが出来ません。何故ならいくら長い文章を用いても、その文章内で定義できる集合の個数は高々有限個にすぎないからです。無限種類あって欲しい「自然数」という概念を有限の長さの文章できっちり定義し切るために、無限の長さの文章が必要になるのでは困ります。というわけで、この方法で定義し続けることは一旦諦めましょう。
ではどのように「自然数」という概念を定義するかを考えましょう。集合\( S \)から新たな集合\( S \cup \{ S \} \)を構成する操作を1回\( 0{} \)に適用したものが\( 1 \)で、2回適用したものが\( 2 \)で、3回適用したものが\( 3 \)です。ということは、\( 0{} \)にこの操作を「有限回」適用して得られる集合のことを「自然数」と呼べば良さそうな気がしてしまいますが、それは出来ません。地の文で説明する上で有限という言葉を使う分には問題がありませんが、集合を定義する上では論理式を使って定義する必要があり、有限という概念が公理的集合論の中で定義される前の段階である今、そのような未定義な言葉を使って新たな集合を定義することは出来ません。
代わりに「有限回」という言葉を定義してみるのはどうでしょう。有限回というのは無限回でないことなので、つまりある「自然数」の回数だけ……と、これでは循環してしまいます。というわけで、「自然数」という概念を公理的集合論の中で定義するには、一工夫が必要になるわけです。
「自然数」という概念を定義するためには、自然数全体のなすクラス\( \mathbb{N} \)を定義すれば良いです。何故ならば、それさえ定義できれば、\( \mathbb{N} \)の元のことを自然数と呼べばいいからです。では、\( \mathbb{N} \)を定義するために、\( \mathbb{N} \)にはどんな条件が課されるべきか考えましょう。
まず、\( 0{} \)は自然数であることを要請します*2。つまり、\( 0 \in \mathbb{N} \)を課していこうと思います。次に、任意の\( n \in \mathbb{N} \)に対して\( n+1 \in \mathbb{N} \)であることも課していこうと思います。ここで、\( +1 \)という概念が定義されていないのですが、\( 0{} \)から初めて\( 1 \)や\( 2 \)を定義した方法を思い出せば、\( n \in \mathbb{N} \)に対して\( n+1 := n \cup \{ n \} \)と定義することが自然です。同じようですが、\( 1 = \{ 0 \} \)、\( 2 = \{ 0,1 \} \)、\( 3 = \{ 0,1,2 \} \)、\( 4 = \{ 0,1,2,3 \} \)という性質を逆用して\( n+1 := \{ 0,1, \ldots, n \} \)と定義することは望ましくありません。何故ならば、自然数という概念が定義される前の段階なので「\( \ldots \)」がどのような省略を表すのかが不明確であり、また仮に意味を補足したとしても、\( N \)の持つ性質が不明な段階ではそのような省略が可能であるか否かすら分からないからです。いずれにしても、論理式で書くべきところに意味の不明瞭な「\( \ldots \)」を用いることを許可するような公理や略記法はEncyclopedia of \( P \)-adic Numbersで導入されていません。
というわけで、\( \mathbb{N} \)を定義する上で課すべき条件を2つ得ました。
(1) \( 0 \in \mathbb{N} \)である。 |
(2) 任意の\( n \in \mathbb{N} \)に対し\( n \cup \{ n \} \in \mathbb{N} \)である。 |
しかし、この2つだけでは不十分であることが分かります。何故ならば、その2つの条件は\( \mathbb{N} \)が持つべき元を指定しているだけで、持ってはいけない元については何も指定していないからです。というわけで、このような2つの条件を満たすクラスのうち、最小なものを\( \mathbb{N} \)と置くことにしましょう。条件を満たす者のうち最小なものを構成するには、以下のように共通部分を用いると良いです。ただし共通部分を用いるためには条件を満たすものの族を考える必要があり、Encyclopedia of \( P \)-adic Numbersではクラスの族という概念を定式化していないため、集合の族のみを考えることにします*3。
定義2(自然数全体のなすクラスの定義) |
「集合\( N \)であって\( 0 \in N \)でありかつ任意の\( n \in N \)に対して\( n \cup \{ n \} \in N \)を満たすもの」全体のなすクラスを\( \mathscr{N} \)と置き、クラス\( \bigcap_{N \in \mathscr{N}} N \)を\( \mathbb{N} \)と表記する。集合\( n \)が自然数(natural number)であるとは、\( n \in \mathbb{N} \)ということである。 |
以上で自然数という概念を公理的集合論の中で再定式化することが出来ました。また、\( \mathbb{N} \)はその定義から\( 0 \in \mathbb{N} \)かつ任意の\( n \in \mathbb{N} \)に対して\( n \cup \{ n \} \in \mathbb{N} \)を満たすので、特に\( 0{} \)、\( 1 \)、\( 2 \)、\( 3 \)、\( 4 \)、\( 5 \)、\( 6 \)、\( 7 \)、\( 8 \)、\( 9 \)、がいずれも自然数であることが分かります。
この段階では、\( \mathbb{N} \)が良いものかどうか分かりません。何故ならば、もし\( \mathscr{N} = \emptyset \)である場合、その共通部分である\( \mathbb{N} \)は集合全体のなすクラスとなってしまい、すなわち任意の集合が自然数となってしまうからです。こういった事態を回避するために、\( \mathscr{N} \neq \emptyset \)という条件を公理で要請します。
公理3(無限公理) |
ある集合\( N \)が存在して、\( 0 \in N \)でありかつ任意の\( n \in N \)に対して\( n \cup \{ n \} \in \mathbb{N} \)を満たす。 |
無限公理によって、\( \mathbb{N} \)は集合をなします。これで一安心、と言いたいところですが、共通部分を用いて最小性を保証しただけの\( \mathbb{N} \)が、一体どんな集合なのかは少々分かりにくいです。そこで、\( \mathbb{N} \)という集合の特徴付けや基本性質を以下にまとめました。
ここまで長かったですが、ようやく第2章の目的であった、公理的集合論における自然数の再定式化が終わりました。公理的集合論の様々な事実を説明しましたが、自然数を定式化するために必要な事実以外はほとんど説明していませんので、関連する基本事項を学びたい人は章末問題に挑戦して下さい。
- 章末問題2
それでは次に整数を公理的集合論で再定式化していきましょう。
第3章 整数の定式化へ進む。
*1 cf. コラム 集合の有限性
*2 &mathjax{0{}};を自然数と呼ぶか否かは人によります。
*3 [[Encyclopedia of &mathjax{P};-adic Numbers>FrontPage]]ではクラスに対する分出公理で扱える論理式として[[量化の有界な>述語論理#bounded]][[論理式>述語論理#substitution]]のみを許容していましたが、有界でない量化子を許容する流儀もあり、その流儀では共通部分を考える代わりに&mathjax{\{ n \mid \forall N( ( (0 \in N) \wedge (\forall m \in N, m \cup \{ m \} \in N) ) \to (n \in N) )\}};というクラスを考えることが出来、これを用いることで集合の族に制限する必要がなくなります。しかし、ここでは&mathjax{\mathbb{N}};が最終的に集合であって欲しいので、そうする利点が思い付きません。