下部構造
\( \mathscr{C} = (\textrm{ob},\textrm{hom},\textrm{id},s,t,\circ) \)を圏とします。ここでは「\( \mathscr{C} \)を下部構造に持つ圏」という概念を導入します。
定義1(\( \mathscr{C} \)を下部構造に持つ圏の定義) |
圏\( \mathscr{D} = (\textrm{ob}',\textrm{hom}',\textrm{id}',s',t',\circ') \)が\( \mathscr{C} \)を下部構造に持つとは、以下を満たすということである: |
(1) 任意の\( X \in \textrm{ob}' \)に対し、ある\( \mathscr{X} \in \textrm{ob} \)とある集合\( \mathscr{A} \)が存在して\( X = (\mathscr{X},\mathscr{A}) \)となる*1。そのような\( \mathscr{X} \)は一意なのでそれを\( X \)の下部構造であるような\( \mathscr{C} \)の対象と呼ぶ。すなわち第1成分の射影\( \textrm{ob}' \to \textrm{ob} \)を\( U_0 \)と置くと、\( X \)の下部構造であるような\( \mathscr{C} \)の対象は\( U_0(X) \)である。 |
(2) 任意の\( F \in \textrm{hom}' \)に対し、ある\( (X,Y) \in (\textrm{ob}')^2 \)と\( f \in \textrm{hom} \)が存在し、\( F = (X,Y,f) \)となる*2。そのような\( f \)は一意なのでそれを\( F \)の下部構造であるような\( \mathscr{C} \)の射と呼ぶ。すなわち第3成分の射影\( \textrm{hom}' \to \textrm{hom} \)を\( U_1 \)と置くと、\( F \)の下部構造であるような\( \mathscr{C} \)の射は\( U_1(F) \)である。 |
(3) 任意の\( X \in \textrm{ob}' \)に対し、\( U_1(\textrm{id}'_X) = \textrm{id}_{U_0(X)} \)である。 |
(4) \( s' \colon \textrm{hom}' \twoheadrightarrow \textrm{ob}' \)は第1成分の射影である。 |
(5) \( t' \colon \textrm{hom}' \twoheadrightarrow \textrm{ob}' \)は第2成分の射影である。 |
(6) 任意の\( (F,G) \in (\textrm{hom}')^2 \)に対し、\( s'(F) = t'(G) \)ならば\( U_1(F \circ' G) = U_1(F) \circ U_1(G) \)である。 |
条件(3)~(6)から、\( \mathscr{C} \)を下部構造に持つ圏\( \mathscr{D} = (\textrm{ob}',\textrm{hom}',\textrm{id}',s',t',\circ') \)は対象のクラス\( \textrm{ob}' \)と射の下部構造で与えられる\( \mathscr{C} \)の射のクラス\( (\{ U_1(F) \mid F \in \textrm{Hom}_{\mathscr{D}}(X,Y) \})_{(X,Y) \in (\textrm{ob}')^2} \)を指定するだけで決まってしまいます。
以上を踏まえて、与えられた2つのクラス\( O \)と\( (h_{X,Y})_{(X,Y) \in O^2} \)に対して、「あるクラス関数の4つ組\( (\textrm{id}',s',t',\circ') \)が存在して6つ組\( \mathscr{C}' = (O,\{ (X,Y,f) \mid ( (X,Y) \in O^2) \wedge (f \in h_{X,Y}) \},\textrm{id}',s',t',\circ') \)が\( \mathscr{C} \)を下部構造に持つ圏をなす」ということを単に「\( O \)と\( (h_{X,Y})_{(X,Y) \in O^2} \)が\( \mathscr{C} \)を下部構造に持つ圏をなす」と言い表すことにします。\( \mathscr{C}' \)においては射が\( (X,Y,f) \)のような3つ組をなしていますが、しばしばそれをその下部構造の\( \mathscr{C} \)の射である\( f \)と略記し、「\( f \)は\( \mathscr{C}' \)の射である」というような言い回しをします。
例2(下部構造を持つ圏の例) |
(1) 基点付き集合(based setまたはpointed set)とは、集合\( X \)と元\( x \in X \)の組\( (X,x) \)である。基点付き集合\( (X,x) \)と\( (Y,y) \)に対し、\( (X,x) \)から\( (Y,y) \)への基点付き集合の射とは、写像\( h \colon X \to Y \)であって\( f(x) = y \)を満たすものである。基点付き集合全体のなすクラスと基点付き集合の射全体のなすクラスは\( \textrm{Set} \)を下部構造に持つ圏をなし、それを\( \textrm{Set}_* \)と書く。 |
(2) \( S \in \textrm{ob} \)とする。\( \mathscr{C} \)の\( S \)上の対象とは、対象\( X \in \textrm{ob} \)と射\( f \in \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(X,S) \)の組\( (X,f) \)のことである。\( \mathscr{C} \)の\( S \)上の対象\( (X,f) \)と\( (Y,g) \)に対し、\( (X,f) \)から\( (Y,g) \)への\( S \)上の射とは、射\( h \in \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(X,Y) \)であって\( g \circ h = f \)を満たすものである。\( \mathscr{C} \)の\( S \)上の対象全体のなすクラスと\( S \)上の射全体のなすクラスは\( \mathscr{C} \)を下部構造に持つ圏をなし、それを\( \mathscr{C}/S \)と書く。 |
(3) \( S \in \textrm{ob} \)とする。\( \mathscr{C} \)の\( S \)下の対象とは、対象\( X \in \textrm{ob} \)と射\( f \in \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(S,X) \)の組\( (X,f) \)のことである。\( \mathscr{C} \)の\( S \)下の対象\( (X,f) \)と\( (Y,g) \)に対し、\( (X,f) \)から\( (Y,g) \)への\( S \)下の射とは、射\( h \in \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(X,Y) \)であって\( h \circ f = g \)を満たすものである。\( \mathscr{C} \)の\( S \)下の対象全体のなすクラスと\( S \)下の射全体のなすクラスは\( \mathscr{C} \)を下部構造に持つ圏をなし、それを\( S/\mathscr{C} \)と書く*3。 |
それでは次に、出自の異なる複数の概念を結び付けるために役立つ、「関手」という概念について説明します。ただし関手が概念同士の橋渡しを行うこと自体については、第12章で初めて詳述されます。そして第13章で、実際に関手を用いて様々な概念が互いに「等価」であることを説明していきます。
*1 [[Encyclopedia of &mathjax{P};-adic Numbers>FrontPage]]では[[3つ組>順序対の定義#tuple]]&mathjax{(A,B,C)};の定義として&mathjax{(A,(B,C) )};を採用していたので、&mathjax{\mathscr{X}};が&mathjax{\textrm{ob}};の元を第1成分とする3つ組で与えられている場合もこの条件を満たします
*2 &mathjax{f};だけでなく&mathjax{X};と&mathjax{Y};の情報も付与しているのは、組&mathjax{(X,Y)};ごとに&mathjax{\textrm{Hom}_{\mathscr{D}}(X,Y)};を排他的にするためです。そうしないと、&mathjax{s'};や&mathjax{t'};が&mathjax{\textrm{hom}'};を定義域とするクラス関数として定義できる状況が限られてしまいます。
*3 実は&mathjax{\textrm{Set}_*};が&mathjax{1/\textrm{Set}};とある意味で等価であるということを、「圏同型」という概念を用いて容易に定式化することが出来ます。従って、&mathjax{S/\mathscr{C}};という圏の構成は&mathjax{\textrm{Set}_*};の構成の一般化となっています。