圏
ここでは「圏」という概念を導入しますが、例をほとんど扱いません。何故なら、圏の例となる多くの概念が定義されるのは次の部分章からであり、それらが登場するたびに圏の例を与えていくからです。例えば、次や部分章のタイトルである「モノイド」は圏の特別な例であり、その次の部分章のタイトルである「群」はモノイドの特別な例であり、またその次の部分章のタイトルである「環」は群とモノイドを用いて表される概念であり、更に環を用いて新たな圏を次々と構成することが出来ます。
さて、圏にはいくつもの等価な定義が知られています。ここでは最も一般的な定義の1つを採用します。
定義1(圏の定義) |
圏(category)とは、2つのクラス\( \textrm{ob} \)、\( \textrm{hom} \)と4つのクラス関数\( \textrm{id} \colon \textrm{ob} \to \textrm{hom}, \ X \mapsto \textrm{id}_X \)、\( s \colon \textrm{hom} \to {\rm ob}, \ f \mapsto s(f) \)、\( t \colon \textrm{hom} \to {\rm ob}, \ f \mapsto t(f) \)、\( \circ \colon \{(f,g) \in \textrm{hom}^2 \mid s(f) = t(g) \} \to \textrm{hom}, \ (f,g) \mapsto f \circ g \)の6つ組\( (\textrm{ob},\textrm{hom},\textrm{id},s,t,\circ) \)であって、以下の条件を満たすものである。 |
(1) 任意の\( X \in \textrm{ob} \)に対し、\( s(\textrm{id}_X) = X = t(\textrm{id}_X) \)が成り立つ。 |
(2) 任意の\( (f,g) \in \textrm{hom}^2 \)に対し、\( s(f) = t(g) \)ならば\( (s(f \circ g),t(f \circ g)) = (s(g),t(f)) \)が成り立つ。 |
(3) 任意の\( (f,g,h) \in \textrm{hom}^3 \)に対し、\( (s(f),s(g)) = (t(g),t(h)) \)ならば\( (f \circ g) \circ h = f \circ (g \circ h) \)が成り立つ。 |
(4) 任意の\( f \in \textrm{hom} \)に対し、\( \textrm{id}_{t(f)} \circ f = f = f \circ \textrm{id}_{s(f)} \)が成り立つ。 |
(5) 任意の\( (X,Y) \in \textrm{ob}^2 \)に対し、\( \{f \in \textrm{hom}(\mathscr{C}) \mid (s(f),(t(f)) = (X,Y) \} \)は集合をなす。 |
ここでは圏の定義における\( \textrm{ob} \)を対象のクラス、\( \textrm{hom} \)を射のクラス、\( \textrm{id} \)を恒等射写像、\( s \)を定義域写像、\( t \)を終域写像、\( \circ \)を合成規則と呼ぶことにします。与えられた圏\( \mathscr{C} \)に対し、\( \mathscr{C} \)の対象のクラスを\( \textrm{ob}(\mathscr{C}) \)や\( \textrm{Ob}(\mathscr{C}) \)、射のクラスを\( \textrm{hom}(\mathscr{C}) \)や\( \textrm{Hom}(\mathscr{C}) \)や\( \textrm{Mor}(\mathscr{C}) \)等のように表記することが慣例です。\( \textrm{ob}(\mathscr{C}) \)の元のことを\( \mathscr{C} \)の対象(objectまたは\( 0{} \)-morphism)、\( \textrm{hom}(\mathscr{C}) \)の元のことを\( \mathscr{C} \)の射(morphismまたは\( 1 \)-morphism)と呼びます*1。
更に各\( (X,Y) \in \textrm{ob}(\mathscr{C})^2 \)に対して\( \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(X,Y) := \{f \in \textrm{hom}(\mathscr{C}) \mid (s(f),(t(f)) = (X,Y) \} \)と置き、各\( X \in \textrm{ob}(\mathscr{C}) \)に対して\( \textrm{End}_{\mathscr{C}}(X) := \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(X,X) \)と略記します。この記法においては、\( \mathscr{C} \)に対する条件(1)~(5)を次のように言い換えることが出来ます。
(1) 任意の\( X \in \textrm{ob}(\mathscr{C}) \)に対し、\( \textrm{id}_X \in \textrm{End}_{\mathscr{C}}(X) \)が成り立つ。 |
(2) 任意の\( (X,Y,Z) \in \textrm{ob}(\mathscr{C})^3 \)に対し、\( \circ \)による\( \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(Y,Z) \times \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(X,Y) \)の像は\( \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(X,Z) \)に含まれる。 |
(3) 任意の\( (X,Y,Z,W) \in \textrm{ob}(\mathscr{C})^4 \)に対し、2つのクラス関数\( \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(Z,W) \times \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(Y,Z) \times \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(X,Y) \to \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(X,W), \ (f,g,h) \mapsto (f \circ g) \circ h, \ f \circ (g \circ h) \)は一致する。 |
(4) 任意の\( (X,Y) \in \textrm{ob}^2 \)に対し、3つのクラス関数\( \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(X,Y) \to \textrm{hom(\mathscr{C})}, \ f \mapsto f, \ \textrm{id}_Y \circ f, \ f \circ \textrm{id}_X \)は一致する。 |
(5) 任意の\( (X,Y) \in \textrm{ob}^2 \)に対し、\( \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(X,Y) \)は集合をなす*2。 |
与えられた圏から新しい圏の例を構成する際によく使われるものとして、「部分圏」というものがあります。圏を定義するためには6つ組を定義しなければならず一般には煩雑になってしまいますが、部分圏を活用することでその手間を省くことが出来るようになります。
定義2(部分圏の定義) |
圏\( \mathscr{C} \)の部分圏とは、圏\( \mathscr{D} \)であって、以下を満たすものである。 |
(1) \( \textrm{ob}(\mathscr{D}) \subset \textrm{ob}(\mathscr{C}) \) |
(2) \( \textrm{hom}(\mathscr{D}) \subset \textrm{hom}(\mathscr{C}) \) |
(3) 圏\( \mathscr{D} \)の構造の4つのクラス関数は、それぞれ対応する圏\( \mathscr{C} \)の構造の4つのクラス関数の制限である。 |
また\( \mathscr{C} \)の部分圏\( \mathscr{D} \)が充満であるとは、更に次を満たすということである。 |
(4) 任意の\( (X,Y) \in \textrm{ob}(\mathscr{D})^2 \)に対し、\( \textrm{Hom}_{\mathscr{D}}(X,Y) = \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(X,Y) \)が成り立つ。 |
つまり、与えられた圏の部分圏を与えるためには「適切に」対象のクラスと射のクラスを狭めて決めれば良く(4つのクラス関数は部分圏の定義から一意に絞られ)、充満部分圏を与えるためには「自由に」対象のクラスを狭めて決めれば良い(射のクラスは充満部分圏の定義から一意に定まる)ということです。クラスの組と包含関係の関係性及びクラス関数の制限に関する特徴付けより、「部分圏である」という圏としての関係性を、圏であることを忘れてクラスとしての関係性で記述することが出来ます。
命題3(部分圏の特徴付け|組の定義に依存) |
任意の2つの圏\( \mathscr{C} \)と\( \mathscr{D} \)に対し、以下は同値である: |
(1) \( \mathscr{D} \)は\( \mathscr{C} \)の部分圏である。 |
(2) \( \mathscr{D} \subset \mathscr{C} \) |
既存の圏を用いて部分圏以外に新たな圏を簡単に定義するもう1つの方法として、圏を「下部構造」として与えるという方法があります。次は下部構造について説明しましょう。