小圏
圏を定義するためには集合とは限らないクラスをデータに必要としましたが、それらが集合をなすような圏は特別であるため、区別して呼びます。
定義1(小圏の定義) |
圏\( \mathscr{C} \)が小圏(small categoryまたは\( 1 \)-category)であるとは、\( \textrm{ob}(\mathscr{C}) \)が集合をなすということである。 |
ここで、任意の圏\( \mathscr{C} \)に対し\( \textrm{hom}(\mathscr{C}) = \bigcup_{(X,Y) \in \textrm{ob}(\mathscr{C})^2} \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(X,Y) \)(非交叉和)であることに気を付けると、次の命題が成り立つことが分かります。
命題2(小圏であることの特徴付け) |
圏\( \mathscr{C} \)に対し、以下は同値である: |
(1) \( \mathscr{C} \)は小圏である。 |
(2) \( \textrm{hom}(\mathscr{C}) \)は集合をなす。 |
クラスを直接扱う際にしばしば集合論的問題に直面することがありますが、小圏であればそのような問題を容易に避けることが出来ます。それでは、圏の例及びその特別な場合としての小圏の例を確認しましょう。
例3(圏と小圏の例) |
(1) 集合全体のなすクラス\( V \)を対象のクラスとし、写像全体のなすクラス\( \textrm{Map} \)を射のクラスとし、集合の恒等写像を与えるクラス関数を恒等射写像、写像の定義域を与えるクラス関数を定義域写像、写像の終域を与えるクラス関数を終域写像、写像の合成を与えるクラス関数を合成規則とする6つ組\( \textrm{Set} \)は、小圏でない圏をなす*1。 |
(2) 任意の圏\( \mathscr{C} \)と\( \textrm{ob}(\mathscr{C}) \)の任意の部分クラス\( U \)に対し、\( \mathscr{C} \)の充満部分圏であって\( U \)を対象のクラスとするもの(定義から一意に存在する)が小圏をなす必要十分条件は\( U \)が集合をなすことに他ならない。特に、\( \textrm{ob}(\mathscr{C}) \)の部分集合を1つ固定するごとに小圏を1つ構成することが出来る。 |
(3) 圏が離散(discrete)であるとは、恒等射以外の射を持たないということである。任意のクラス\( A \)に対し、\( A \)を対象のクラスとし、\( A \)の元の恒等写像全体のなすクラス\( \{\textrm{id}_a \mid a \in A \} \)を射のクラスとし、元の恒等写像を与えるクラス関数を恒等射写像、恒等写像の定義域を与えるクラス関数を定義域写像、恒等写像の終域を与えるクラス関数を終域写像、恒等写像の合成を与えるクラス関数を合成規則とする6つ組は離散圏をなし、しばしば記号を乱用して\( A \)と表記する*2。また、離散圏\( A \)が小圏をなす必要十分条件はクラス\( A \)が集合をなすことに他ならない。 |
(4) \( \mathscr{C} \)を圏とする。\( \mathscr{C} \)を\( (\textrm{ob},\textrm{hom},\textrm{id},s,t,\circ) \)と置き、クラス関数\( \{ (f,g) \in \textrm{hom}^2 \mid t(f) = s(g) \} \to \textrm{hom}, \ (f,g) \mapsto g \circ f \)を\( \circ^{\textrm{op}} \)と置く。\( (\textrm{ob},\textrm{hom},\textrm{id},t,s,\circ^{\textrm{op}}) \)を\( \mathscr{C} \)の反圏(opposite category)と呼び、\( \mathscr{C}^{\textrm{op}} \)と表記する。この時、\( \mathscr{C}^{\textrm{op}} \)は圏をなす。また、\( \mathscr{C}^{\textrm{op}} \)が小圏をなす必要十分条件は、\( \mathscr{C} \)が小圏をなすことである。 |
圏と小圏の例(1)、(3)で扱った例ではたまたま射が対象である集合の間の写像として表されていましたが、一般の圏においては必ずしも射が対象の間の写像のようなもので表せるとは限らないことに注意が必要です。実際、そういった圏が近代数学の様々な分野で現れ、重要な役割を担っています。
さて、圏と小圏の例(1)において集合と写像を対象と射とすることで圏が構成されていたことから、「圏と関手を対象と射とするような圏が構成できるか?」という自然な疑問が生じます。しかしながら、圏の対象は集合である必要があるため、小圏とは限らない圏を対象とするような圏は構成できません。代わりに、小圏を対象とするような圏を構成してみましょう。
\( \mathscr{C} \)と\( \mathscr{D} \)を小圏とします。関手\( \Phi \colon \mathscr{C} \to \mathscr{D} \)は、4つ組の定義から*31つの集合をなします。従って、そのようなものの全体からなるクラスが意味を持ち、それを\( \textrm{Fun}(\mathscr{C},\mathscr{D}) \)と書きます。
命題4(2つの小圏の間の関手全体が集合をなすこと) |
2つの任意の小圏\( \mathscr{C} \)と\( \mathscr{D} \)に対し、\( \textrm{Fun}(\mathscr{C},\mathscr{D}) \)は集合をなす。 |
証明
定義から、\( \textrm{Fun}(\mathscr{C},\mathscr{D}) \)はクラスとして
に等しい。ただし、\( * \)は閉論理式
の略記であり、\( ** \)は閉論理式
の略記であり、\( *** \)は閉論理式
の略記である。従って\( \textrm{Fun}(\mathscr{C},\mathscr{D}) \)は集合である。
関手の合成に関する演習と2つの小圏の間の関手全体が集合をなすことから、小圏を対象とする圏を得ることが出来ました。
系5(小圏全体が圏をなすこと) |
以下の6つのクラス\( \textrm{ob} \)、\( \textrm{hom} \)、\( \textrm{id} \)、\( s \)、\( t \)、\( \circ \)の6つ組\( \textrm{Cat} \)は小圏でない圏をなす。 |
(1) 小圏全体からなるクラス\( \textrm{ob} \) |
(2) 集合であるような関手全体からなるクラス\( \textrm{hom} := \bigcup \{\textrm{Fun}(\mathscr{C},\mathscr{D}) \mid (\mathscr{C},\mathscr{D}) \in \textrm{ob}^2 \} \) |
(3) クラス関数\( \textrm{id} \colon \textrm{ob} \to \textrm{hom}, \ \mathscr{C} \mapsto \textrm{id}_{\mathscr{C}} \) |
(4) クラス関数\( s \colon \textrm{hom} \to \textrm{ob}, \ \Phi \to \textrm{Dom}(\Phi) \) |
(5) クラス関数\( t \colon \textrm{hom} \to \textrm{ob}, \ \Phi \to \textrm{Cod}(\Phi) \) |
(6) クラス関数\( \circ \colon \{(\Phi,\Psi) \in \textrm{hom}^2 \mid \textrm{Dom}(\Phi) = \textrm{Cod}(\Psi) \} \to \textrm{hom}, \ (\Phi,\Psi) \to \Phi\circ \Psi \) |
それでは次に、「モノイド」という概念を用いて特別な圏の例を与えていきます。
*1 cf. [[クラス関数の合成に関する演習>写像の定義#associativity]]
*2 離散圏としての&mathjax{A};の第1成分である対象のクラスを取ることでクラスとしての&mathjax{A};を復元することが出来るので、クラス&mathjax{A};と離散圏&mathjax{A};は互いに双方を構成し合える点で対等な数学的対象です。
*3 まだ当該記事が作成されていませんが、&mathjax{\Phi_{\textrm{ob}}};と&mathjax{\Phi_{\textrm{hom}}};が共に写像であることは[[集合に対する分出公理>条件式の定める部分集合の存在#comprehension]]から保証されます。
*4 *) \wedge (**