Last-modified: Sun, 04 Jun 2017 21:33:34 JST (2516d)
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ここまでで扱った代数構造は全てマグマ、すなわち演算が1つしか備わっていないようなものでした。ここからは、演算を複数備えた代数構造を考えていきます。まずは演算を2つ備えた代数構造のうち、最低限の条件のみを課したものをここだけの用語として「双マグマ」と呼ぶことにします。

定義1(双マグマの定義)
双マグマ(bi-magma)とは、集合\( R \)と写像\( + \colon R^2 \to R, \ (f_i)_{i \in 2} \mapsto f_0 + f_1 \)と写像\( \times \colon R^2 \to R, \ (f_i)_{i \in 2} \mapsto f_0 \times f_1 \)の3つ組\( (R,+,\times) \)であって、以下満たすものである:
(1) \( (R,+) \)はモノイドをなす。
(2) 任意の\( (f_i)_{i \in 3} \in R^3 \)に対し、\( f_0 \times (f_1 + f_2) = (f_0 \times f_1) + (f_0 \times f_2) \)が成り立つ。
(3) 任意の\( (f_i)_{i \in 3} \in R^3 \)に対し、\( (f_0 + f_1) \times f_2 = (f_0 \times f_2) + (f_1 \times f_2) \)が成り立つ。
(4) 任意の\( f \in R \)に対し、\( 0_{(R,+)} \times f = 0_{(R,+)} = f \times 0_{(R,+)} \)が成り立つ。

双マグマ\( (R,+,\times) \)の第1成分\( R \)\( (R,+,\times) \)下部構造の集合(underlying set)または台集合と呼び、第2成分\( + \)と第3成分\( \times \)をそれぞれ\( (R,+,\times) \)の加法と乗法と呼びます。(2)の条件を左分配律(left distivution law)と呼び、(3)の条件を右分配律(right distribution law)と呼びます。(4)の条件は「\( 0_{(R,+)} \)が乗法的吸収元(multiplicative absorbing element)である」と表現します。ただし\( 0_{(R,+)} \)とは半群の単位元の一意性の直後に導入した記法で、\( (R,+) \)の単位元のことです。

双マグマ自体を直接扱うことは稀で、通常は以下に列挙する条件のうちいくつかを満たすものを考えます。

(加法的可換性)\( (R,+) \)は可換モノイドをなす。
(加法的可逆性)任意の\( f \in R \)に対し、\( f \)\( (R,+) \)の可逆元である。
(乗法的結合性)\( (R,\times) \)半群をなす。
(乗法的単位性)\( (R,\times) \)は単位的マグマをなす。
(乗法的可換性)\( (R,\times) \)は可換マグマをなす。
(交代性)任意の\( f \in R \)に対し\( f \times f = 0_{(R,+)} \)が成り立つ。
(ヤコビ恒等式)任意の\( (f_i)_{i \in 3} \in R^3 \)に対し\( f_0 \times (f_1 \times f_2) + f_2 \times (f_0 \times f_1) + f_1 \times (f_2 \times f_0) = 0_{(R,+)} \)が成り立つ。

双マグマ\( (R,+,\times) \)自明(trivial)であるとは\( R \)が1元集合であるということであり、逆に非自明(non-trivial)であるとは自明でないということです。自明な双マグマのことを零環(zero ring)と呼びます。零環は上記の全ての条件を満たすことが容易に確かめられます。例えば任意の1元集合\( O \)に対し、写像\( O^2 \to O \)が一意に存在するので\( + \colon O^2 \to O \)\( \times \colon O^2 \to O \)を共に一意な写像とすると、\( (O,+,\times) \)は零環をなします。

上記の条件を満たす双マグマの名称を一覧にしました。条件が課されるものについては○を、零環でない場合に条件の否定がいつでも成立するものについては×を付しました*1

双マグマの名称\条件加法的可換性加法的可逆性乗法的結合性乗法的単位性乗法的可換性交代性ヤコビ恒等式
近半環(near-semiring)
近環(near-ring)
半環(semiringまたはrig*2×
結合的代数(associative algebraまたはrng*3*4
非可換環(non-commutative ring)*5×
環(ring)*6×
リー環(Lie ring)*7×

マグマをその下部構造の集合で略記することが多いように、半環\( (R,+,\times) \)\( R \)と略記することが多いです。それでは環の例を見ましょう。

例3(環の例)
(1) \( \mathbb{Z} \)\( \mathbb{Z}_p \)\( \mathbb{Q} \)\( \mathbb{Q}_p \)は通常の加法と乗法について環をなす。
(2) \( \mathbb{N} \)は通常の加法と乗法について結合的代数でない半環をなし、かつ乗法的可換性を満たす。
(3) 任意の\( n \in \mathbb{Z} \setminus \{ -1, 0, 1 \} \)に対し、\( n \mathbb{Z} \)は通常の加法と乗法について半環でない結合的代数をなし、かつ乗法的可換性を満たす。
(4) 任意の\( n \in \mathbb{N} \setminus \{ 0, 1 \} \)に対し、\( \textrm{M}_n(\mathbb{Z}) \)\( \textrm{M}_n(\mathbb{Z}_p) \)\( \textrm{M}_n(\mathbb{Q}) \)\( \textrm{M}_n(\mathbb{Q}_p) \)は通常の加法と乗法について環でない非可換環をなす。

\( (R,+,\times) \)を半環とします。加法的単位元\( 0_{(R,+)} \)と乗法的単位元\( 1_{(R,\times)} \)をしばしば\( 0_R \)\( 1_R \)、または\( 0{} \)\( 1 \)と略記します。モノイド\( (R,\times) \)\( (R,+,\times) \)乗法モノイド(multiplicative monoid)と呼びます。その可逆元全体のなす群\( (R,\times)^{\textrm{inv}} \)\( (R,+,\times) \)乗法群(multiplicative group)と呼び、\( R^{\times} \)\( R^* \)と表記します*8。また\( (R,+,\times) \)が非可換環である場合、可換群\( (R,+) \)\( (R,+,\times) \)加法群(additive group)と呼びます。

さて、マグマには部分マグマを考えたように、環にも「部分環」という概念を考えます。

定義4(部分環の定義)
部分集合\( S \subset R \)\( R \)部分環(subring)であるとは、以下を満たすということである:
(1) 任意の\( (f_i)_{i \in 2} \in S^2 \)に対し、\( f_0 + f_1 \in S \)である。
(2) \( 0_R \in S \)である。
(3) 任意の\( (f_i)_{i \in 2} \in S^2 \)に対し、\( f_0 f_1 \in S \)である。
(4) \( 1_R \in S \)である。

部分環\( S \subset R \)に加法と乗法を制限することで環\( (S,+|_{S^2}^{S},\times|_{S^2}^{S}) \)を作ることが出来、この環自体も\( R \)の部分環と呼ぶことがあります。しばしば制限の記号を省略し、\( (S,+|_{S^2}^{S},\times|_{S^2}^{S}) \)のことを\( (S,+,\times) \)と表記することがあります。

  • 環準同型
  • 加群



*1 cf. [[章末問題7 演習3>章末問題7#third]]
*2 ringから加法的逆元の意味のnegative elementを表すnを除いたもの、という言葉遊びです。
*3 ringから乗法的単位元の意味のidentityを表すiを除いたもの、という言葉遊びです。
*4 ここでの結合的代数を「環」と呼ぶ流儀もあります。
*5 ここでの非可換は「可換とは限らない」という意味ですが、「可換でない」という意味で用いる流儀もあります。その流儀では、ここでの非可換環を「環」や「単位的環」と呼びます。
*6 ここでの結合的代数を「環」と呼ぶ流儀もあり、その流儀ではここでの環を「単位的可換環」と呼びます。またここでの非可換環を「環」と呼ぶ流儀もあり、その流儀ではここでの環を「可換環」と呼びます。
*7 ここでのリー環と関係の深い概念である「リー代数」というもののことを「リー環」と呼ぶ流儀もあります。
*8 &mathjax{R^{\times}};の肩に乗っている&mathjax{\times};は&mathjax{(R,\times)};の&mathjax{\times};ではなく、単なる記号です。従って乗法の演算が&mathjax{\bullet};や&mathjax{\wedge};で与えられている場合に&mathjax{R^{\times}};を&mathjax{R^{\bullet}};や&mathjax{R^{\wedge}};と表したりはしません。また文献によっては&mathjax{R \setminus \{ 0_R \}};のことを&athjax{R^{\times}};と表記することがありますが、[[Encyclopedia of &mathjax{P};-adic Numbers>FrontPage]]ではそのような表記は紛らわしいので採用しません。この表記は後に定義する「体」という概念の乗法群が加法的単位元の補集合で与えられることを踏まえたものだと思われます。