関手

Last-modified: Sun, 28 May 2017 21:49:25 JST (1651d)
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ここでは「関手」という概念を導入します。「圏にとっての関手」は「クラスにとってのクラス関数」や「集合にとっての写像」のようなものですが、それらと大きく異なることは、「準同型性」と呼ばれる性質の1種*1である「関手性」を持つことです。準同型性とは群論や環論を始めとする代数学の至る所で現れる「準同型」という概念の持つ性質であり、準同型は「ある数学的対象の性質を調べること」を「他の数学的対象との相対的な関係性*2を調べること」に帰着させるために非常に役に立ちます。

定義1(関手の定義)
関手(functor)とは、2つの圏\( \mathscr{C} \)\( \mathscr{D} \)と2つのクラス関数\( F \)\( G \)からなる4つ組\( (\mathscr{C},\mathscr{D},F,G) \)であって、以下の条件を満たすもののことである。
(1) \( F \)の定義域は\( \textrm{ob}(\mathscr{C}) \)で、終域は\( \textrm{ob}(\mathscr{D}) \)である。
(2) \( G \)の定義域は\( \textrm{hom}(\mathscr{C}) \)で、終域は\( \textrm{hom}(\mathscr{D}) \)である。
(3) 任意の\( f \in \textrm{hom}(\mathscr{C}) \)に対し、\( G(f) \in \textrm{Hom}_{\mathscr{D}}(F(\textrm{Dom}(f) ), F(\textrm{Cod}(f) ) ) \)が成り立つ。
(4) 任意の\( (f,g) \in \textrm{hom}(\mathscr{C})^2 \)に対し、\( \textrm{Dom}(f) = \textrm{Cod}(g) \)ならば\( G(f \circ g) = G(f) \circ G(f) \)が成り立つ。
(5) 任意の\( X \in \textrm{ob}(\mathscr{C}) \)に対し、\( G(\textrm{id}_X) = \textrm{id}_{F(X)} \)が成り立つ。

ここでは関手の定義における\( \mathscr{C} \)定義域の圏\( \mathscr{D} \)終域の圏\( F \)対象の間の対応\( G \)射の間の対応と呼ぶことにします。与えられた関手\( \Phi \)に対し、ここでは\( \Phi \)の定義域の圏を\( \textrm{Dom}(\Phi) \)、終域の圏を\( \textrm{Cod}(\Phi) \)*3、対象の間の対応を\( \Phi_{\textrm{ob}} \)、射の間の対応を\( \Phi_{\textrm{hom}} \)と表記することにします。

慣例上は\( \Phi_{\textrm{ob}} \)\( \Phi_{\textrm{hom}} \)を共に同じ記号\( \Phi \)で表記し、\( \Phi_{\textrm{ob}} \)\( X \in \textrm{ob}(\mathscr{C}) \)を代入した値を\( \Phi(X) \)\( \Phi_{\textrm{hom}} \)\( f \in \textrm{hom}(\mathscr{C}) \)を代入した値を\( \Phi(f) \)と表記します。これは厳密性を失うおそれのある記号の濫用ですが、それによって混乱を生じることはほとんどありません。実際に厳密性を失うのは、\( \mathscr{C} \)\( \textrm{ob}(\mathscr{C}) \cap \textrm{hom}(\mathscr{C}) \neq \emptyset \)を満たす状況*4です。その場合\( f \in \textrm{ob}(\mathscr{C}) \cap \textrm{hom}(\mathscr{C}) \)に対する\( \Phi(f) \)という表記が明確な意味を持ちません。そういう場合は記号の濫用を緩めたりするか、\( \mathscr{C} \)の対象と射のどちらに属している元を扱っているのかを明確にするような記号使いをするか、のいずれかになると思います。前者の流儀では、射の間の対応だけ\( \Phi_* \)等の別の表記を与えるのが典型です。後者の流儀はあまり厳密なものではないように感じるかもしれませんが、混乱を避ける目的は十分果たしてくれます。そのため、Encyclopedia of \( P \)-adic Numbersにおいても混乱が生じない範疇で後者の流儀を採用します。

2つの圏\( \mathscr{C} \)\( \mathscr{D} \)が与えられている時、「関手\( \Phi \)であって定義域の圏が\( \mathscr{C} \)で終域の圏が\( \mathscr{D} \)であるようなもの」という文を、「\( \mathscr{C} \)から\( \mathscr{D} \)への関手\( \Phi \)」や「関手\( \Phi \colon \mathscr{C} \to \mathscr{D} \)」などと表記します。

関手の定義を踏まえて、次のような言い回しをすることがあります。

2つの圏\( \mathscr{C} \)\( \mathscr{D} \)に対し、クラス関数\( F \colon \textrm{ob}(\mathscr{C}) \to \textrm{ob}(\mathscr{D}) \)関手であるとは、ある「自然な」クラス関数\( G \colon \textrm{hom}(\mathscr{C}) \to \textrm{hom}(\mathscr{D}) \)が存在して、\( (\mathscr{C},\mathscr{D},F,G) \)関手をなすということである。

もちろん、これは数学的に厳密な意味を持つ定義ではありません。何故ならば、「自然に」という部分に個々人の主観が加わってしまうからです。それでも、文脈上自然と思われるクラス関数\( G \)が推測しやすい状況において、しばしばこの「関手的」という言葉が用いられます。

関手にも、クラス関数にとっての単射性や全射性に類する性質があります。

定義2(関手の忠実充満性の定義)
\( \Phi \)関手とする。
(1) \( \Phi \)忠実(faithful)であるとは、\( \Phi_{\textrm{hom}} \)が単射であるということである。
(2) \( \Phi \)充満(full)であるとは、\( \Phi_{\textrm{hom}} \)が全射であるということである。
(3) \( \Phi \)忠実充満または充満忠実(fully faithful)であるとは、\( \Phi \)が忠実かつ充満であるということである。これは\( \Phi_{\textrm{hom}} \)が全単射であるという条件に他ならない。

関手の忠実充満性は、後に第12章で「圏同値」という概念を扱う際に非常に重要となります。それでは忠実関手や忠実充満関手の例を見ていきましょう。

例3(忠実充満関手の例)
(1) \( \mathscr{C} \)を圏とし、\( \mathscr{D} \)\( \mathscr{C} \)の部分圏とする。\( \mathscr{D} \)\( \mathscr{C} \)、包含写像\( i_0 \colon \textrm{ob}(\mathscr{D}) \hookrightarrow \textrm{ob}(\mathscr{C}) \)、包含写像\( i_1 \colon \textrm{hom}(\mathscr{D}) \hookrightarrow \textrm{hom}(\mathscr{C}) \)の4つのクラスの4つ組\( (\mathscr{D},\mathscr{C},i_0,i_1) \)は忠実関手をなし、\( \mathscr{D} \)から\( \mathscr{C} \)への包含関手(inclusion functor)包含関手\( \mathscr{D} \hookrightarrow \mathscr{C} \)と呼ぶ。特に\( \mathscr{D} = \mathscr{C} \)である場合、それを\( \mathscr{C} \)の恒等関手と呼び、\( \textrm{id}_{\mathscr{C}} \)と表記するのが慣例である*5。包含関手\( \mathscr{D} \hookrightarrow \mathscr{C} \)が充満である必要十分条件は、\( \mathscr{D} \)\( \mathscr{C} \)の充満部分圏であることである。
(2) \( \mathscr{C} \)を圏とし、\( \mathscr{D} \)\( \mathscr{C} \)下部構造とする圏とする。\( \mathscr{D} \)\( \mathscr{C} \)、第1成分の射影\( U_0 \colon \textrm{ob}(\mathscr{D}) \to \textrm{ob}(\mathscr{C}), \ (X,A) \mapsto X \)、第3成分の射影\( U_1 \colon \textrm{hom}(\mathscr{D}) \hookrightarrow \textrm{hom}(\mathscr{C}),\ (X,Y,f) \mapsto f \)の4つのクラスの4つ組\( (\mathscr{D},\mathscr{C},U_0,U_1) \)は忠実関手をなし、\( \mathscr{D} \)から\( \mathscr{C} \)への忘却関手(forgetful functor)と呼ぶ。忘却関手\( \mathscr{D} \to \mathscr{C} \)が充満である必要十分条件は、任意の\( (X,Y) \in \textrm{ob}(\mathscr{D}) \)に対し\( \textrm{Hom}_{\mathscr{D}}(X,Y) = \{ (X,Y,f) \mid f \in \textrm{Hom}_{\mathscr{C}}(U_0(X),U_0(Y)) \)となることである。

さて、クラス関数に合成が定義されたように、関手にも合成が定義されます。

定義4(関手の合成の定義)
2つの関手\( \Phi \)\( \Psi \)に対し、\( \textrm{Cod}(\Psi) \)\( \textrm{Dom}(\Phi) \)の部分圏である場合、\( \Phi \circ \Psi \)を次の4つのクラスの4つ組として定義する。
(1) \( \textrm{Dom}(\Psi) \)
(2) \( \textrm{Cod}(\Phi) \)
(3) \( \Phi_{\textrm{ob}} \circ \Psi_{\textrm{ob}} \)
(4) \( \Phi_{\textrm{hom}} \circ \Psi_{\textrm{hom}} \)

この4つ組は確かに関手をなし、\( \Phi \circ \Psi \)\( \Phi \)\( \Psi \)の合成と呼びます*6関手の合成は、クラス関数の合成に関する演習で扱ったクラス関数の合成と同様の性質を持ちますので、以下に演習として与えます。

演習5(関手の合成に関する演習)
(1) 任意の関手\( \Phi \)に対し、\( \textrm{id}_{\textrm{Cod}(\Phi)} \circ \Phi \)\( \Phi \circ \textrm{id}_{\textrm{Dom}(\Phi)} \)が定義され、それらが\( \Phi \)と一致することを示せ。
(2) 任意の3つの関手\( \Phi \)\( \Phi' \)\( \Phi' ' \)に対し、\( (\textrm{Dom}(\Phi),\textrm{Dom}(\Phi')) = (\textrm{Cod}(\Phi'),\textrm{Cod}(\Phi' ')) \)ならば\( (\Phi \circ \Phi') \circ \Phi' ' = \Phi \circ (\Phi' \circ \Phi' ') \)であることを示せ。

以上によって、圏にとっての関手がクラスにとってのクラス関数や集合にとっての写像のように扱えることが分かりました。最後に、関手の類似物として「反変関手」という概念を導入します。

定義6(反変関手の定義)
2つの圏\( \mathscr{C} \)\( \mathscr{D} \)に対し、\( \mathscr{C} \)から\( \mathscr{D} \)への反変関手(contravariant functor)とは、関手\( \mathscr{C}^{\textrm{op}} \to \mathscr{D} \)のことである*7

反変関手という概念は前層という概念と非常に関係が深く、前層という概念はグロタンディーク位相や層やトポスといった、近代的な整数論の主要な道具と非常に関係が深いです。Encyclopedia of \( P \)-adic Numbersではそれらについて深く触れませんが、整数論に興味を持った人は自分で調べてみると良いでしょう。

それでは次に、圏の中でも特に扱いやすいものである、「小圏」という概念について説明します。




*1 単位的結合的二項部分演算付きキバーという構造に関する準同型性とみなすことが出来ます。
*2 その数学的対象だけを観察して得られる情報と比較して、非常に多くの情報を得ることが出来ます。
*3 これらはクラス関数の定義域と終域を表す記号でしたので記号の濫用となります。しかし数学的な厳密性は失われません。cf. 章末問題7
*4 cf. [[圏と小圏の例(1)>小圏#small]]
*5 cf. [[恒等写像の慣例的記法に関する注意>写像の定義#identity]]
*6 これは記法の濫用ですが、やはり数学的な厳密性は失いません。cf. 章末問題7
*7 &mathjax{\mathscr{C}};から&mathjax{\mathscr{D}};への関手と&mathjax{\mathscr{C}};から&mathjax{\mathscr{D}};への反変関手の両方を&mathjax{\mathscr{C}};から&mathjax{\mathscr{D}};への関手と呼ぶ流儀もあります。その場合は、通常の&mathjax{\mathscr{C}};から&mathjax{\mathscr{D}};への関手のことを&mathjax{\mathscr{C}};から&mathjax{\mathscr{D}};への共変関手(covariant functor)と呼んで&mathjax{\mathscr{C}};から&mathjax{\mathscr{D}};への反変関手と区別します。